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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)14754号 判決

原告

松原昇吾

被告

株式会社森山美術

主文

一  被告は、原告に対し三五六万六七二一円及びこれに対する昭和五八年一月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し一五九一万一八七〇円及びこれに対する昭和五八年一月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者双方の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和五八年一月二一日午後三時五〇分頃、普通貨物自動車を運転して東京都葛飾区堀切二丁目八番一三号先の交差点に至り、赤信号に従い停車していたところ、訴外遠藤亨運転の普通貨物自動車に追突され、外傷性頸肩腕症候群の傷害を受けた。

2  被告は、右加害自動車の所有者であつて自己のためにこれを運行の用に供していた者であるから、自賠法第三条により本件事故のため原告が被つた損害を賠償する責任がある。

3  原告は、事故後一両日はそれほど痛みがなかつたが、二日目の夜頃から急に痛みが増大したので、昭和五八年一月二四日に至つて自宅近くの吉田外科胃腸科医院(以下「吉田外科」という。)で受診して以降昭和五九年二月二九日まで同医院に通院したほか、同年三月一日から同年六月八日まで同医院に通院した結果、昭和五九年六月八日後遺障害等級一四級の後遺障害を残して症状が固定したものと診断されたが、頭痛、頸部痛、左肩痛が残存するほか、左肩関節の運動障害が強く、左腕の可動領域は横挙上九〇度、前方挙上八〇度、後方挙二〇度、回転不能で通常人の半分以下であり、自動車の運転はもとより軽易な作業も困難な状況となつている。

4  原告が本件事故により被つた損害は次のとおりである。

(一) 治療費 七万九〇〇四円

(二) 休業損害 七四五万三四〇〇円

原告は、本件事故当時、訴外株式会社クラウン電研(以下「電研」という。)から一日当り一万八〇〇〇円の約定で製品運搬の仕事を請負い、一か月の平均稼働日数は二二日で月額三九万六〇〇〇円の収入を得ていたところ、これに対するガソリン代、修理車検代、車の減価償却費等の経費は一か月平均して七万六〇〇〇円であつたから、原告の一か月の稼働益は三二万円であつた。

また、原告は、運送業務の余暇及び夜間を利用して、電研から時計部品・メツキ工程の下準備の仕事を請負い、その工賃として事故前一年間に合計二四二万〇一五六円の収入を得ていたが、右の仕事は妻や息子の嫁ないし近所の主婦の手伝を頼んでいたので、これらを考慮すると、原告の寄与率は五〇パーセントないし八〇パーセントであつたから、原告は、この仕事により少なくとも一か月一二万九〇〇〇円の収入を得ていたことになる。

しかるに、原告は、本件事故により前記の治療期間一六・六か月にわたつて働くことができなかつたため、その間合計七四五万三四〇〇円の損害を被つた。

(三) 逸失利益 五四九万九四六六円

原告は、症状が固定した昭和五九年六月八日当時満六〇歳であつたから、もし本件事故がなければ、少なくとも向後六年間は従前の業務に従事して事故当時と同額の収入をあげ得たはずのところ、右後遺症のため従前の業務に復帰することができず、事故前の収入の二〇パーセントを下回らない収入の減額を受けることになつたため、その間の中間利息を年五分によるライプニツツ方式により算出すると、原告の逸失利益の現価は次の計算式のとおり五四六万九四六六円となる。

44万9000円×12×0.20×5.0756=546万9466円

(四) 慰藉料 四〇〇万円

原告の通院中及び後遺障害に対する慰藉料としては四〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用 一二〇万円

原告は、本訴の提起と追行を本件訴訟代理人に委任し相当の報酬を支払うことを約したが、これによる損害は一二〇万円をもつて相当とする。

(六) 損害のてん補 二二九万円

原告は、被告から前記損害の内払いとして合計二二九万円の支払を受けた。

5  よつて、原告は、被告に対し前記(一)ないし(五)の損害額合計一八二〇万一八七〇円から前記(六)のてん補額二二九万円を控除した残損害額一五九一万一八七〇円とこれに対する本件事故発生の日である昭和五八年一月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1は認める。

2  同2は認める。

3  同3のうち、原告が昭和五八年一月二四日から昭和五九年二月二九日まで吉田外科に通院したこと、自賠責の後遺障害の認定では一四級該当とされていることは認めるが、その余は不知ないし争う。

4  同4の(一)に主張する金額を原告が治療費として吉田外科に支払つたことは認めるが、右は本件事故とは関係のない老人性頸椎脊髄変形症の治療のために支払われたものであるから、被告に賠償すべき義務はない。

同4の(二)のうち、原告が電研の製品運搬の仕事を一日当たり一万八〇〇〇円で請負つていたこと、原告は電研から時計部品のメツキ工程の下準備の仕事を請負つていたことは認めるが、その余は否認ないし争う。原告の電研の製品運搬関係の仕事による収入は一か月二四万七五〇〇円程度であつたし、メツキ工程の仕事による収入は一か月二万二三〇〇円ないし三万三四五〇円程度にすぎなかつた。

同4の(三)は否認ないし争う。症状固定後の逸失利益については年収の五パーセントを二年間もみれば十分である。

同4の(四)は争う。

同4の(五)は争う。

同4の(六)の損害てん補額は争う。被告の原告に対する弁済額は二二九万四四九〇円である。

三  被告の主張に対する認否

原告が被告から二二九万四四九〇円の弁済を受けたことは認める。

第三証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2は当事者間に争いがないので、被告は、本件事故によつて原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。

二  そこで、原告の受傷及び治療経過ないし後遺障害の程度等について判断する。

1  原告が昭和五八年一月二四日から昭和五九年二月二九日まで吉田外科に通院したこと、原告は自賠責の後遺障害の認定で一四級該当とされていることは当事者間に争いなく、右事実に成立に争いない甲第二ないし第五号証、乙第七、八号証(原本の存在を含む)、同第一〇、一一号証の各記載、証人吉田完の証言、原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、昭和五八年一月二四日頸部痛、左肩痛、しびれ感、頭痛、吐気を訴えて吉田外科で受診した結果、頸部にレントゲン所見上外傷による骨折等の異常所見は見当らなかつたが、追突事故によつて現出したものとみられる年齢的な変化の変形性脊椎症などの異常所見が認められたため、消炎鎮痛剤の注射、内服薬の投与を受けたほか、頸部を綿包帯で固定し、右肩湿布等の処置を受けたこと、その後原告は、吉田外科に通院して主として牽引とノイロトロビン注射等の治療を受けていたが、被告側の指示によつて原告が同年六月一四日に順天堂大学病院で診療、検査を受けたところ、「交通事故による外傷がもとで発生したと思われる症状は現在までの治療でほぼ治癒しており、現在なお残つている症状は被害者自身の体質や年齢からくる骨や筋肉の老化現象がもとになつた症状であり、従つて今後治療を続けても多少症状が軽くなることがあつても完全に治る見込みはない。」旨診断されたので、被告側は、原告の症状は右の時点で既に固定したとしてその後の治療費の支払を打ち切り、また、原告の休業補償の請求をも拒否したこと、そこで、原告は、同年九月頃交通事故紛争処理センターに対し斡旋の申込みをしたところ、右センターの斡旋によつて被告から休業補償として一六四万四四九〇円の支払を受け、また、右センターが日本赤十字社医療センターに対してした原告の症状と事故との因果関係等についての医学的意見の照会に対する昭和五九年二月七日付の回答では、「現在の症状は本件事故に起因するものと考えられる。外傷後約一年を経過しており、事故に直接起因する症状は固定とすべき時期であると考えられるが、附随症状と推定される左肩関節拘縮になお改善される見込みはある。二次的に発生したと推定される左肩関節拘縮が残存するため、後遺症の判定は困難であり、向後六か月ないし一年後の状態により、後遺障害の判定をするのが適当と考える。」旨報告されたこと、そこで、原告は、その後も吉田外科に通院して治療を続けたが、同年六月八日、右医院において、本件事故により発症したものとみられる首及び左上肢の運動制限が残存するものの、以後加療による改善の見込みがないため症状固定と診断され、右診断に基づく自賠責の事前認定では後遺障害一四級該当と認定されたこと、が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  右認定の事実は証人吉田完の証言を総合すれば、昭和五八年六月一四日の時点では原告には本件事故により発症したとみられる背脊の変形と左肩関節の拘縮があつてなお向後の治療により多少改善する余地が残されていたと認められるから、右の時点で原告の後遺障害が既に固定したものと即断するのは相当ではなく、原告の後遺障害は昭和五九年六月八日の時点で自賠法施行令別表の後遺障害等級一四級程度の後遺障害を残して症状が固定したものと判断するのが相当である。右認定判断に反する乙第四号証の記載部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく採用し難く、他に右認定判断を左右しあるいは覆えすに足りる確かな証拠はない。

三  よつて、原告の被つた損害について判断する。

1  治療費 七万九〇〇四円

原告は、吉田外科に対し七万九〇〇四円の治療費を支払つたことは当事者間に争いがないところ、前記の原告の症状及び治療の経過に照らし、右治療費が不相当な支出とは認められないから、本件事故に関する相当損害と認める。

2  休業損害 三五七万八九六〇円

原告は、本件事故当時電研の製品運搬の仕事を一日当たり一万八〇〇〇円で請負つていたことは当事者間に争いないところ、原本の存在と成立に争いない乙第五号証の記載に証人玉田美津夫の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は右製品運搬の仕事により昭和五七年二月から昭和五八年一月までの間に一か月平均三三万円程度の収入を得ていたが、これに対するガソリン代、車の修理代、車の減価消却費等の経費として一か月七万六〇〇〇円程度を要したものと認められるから、原告が製品運搬によつて取得する総収入は一か月二五万四〇〇〇円程度であつたと推認するのが相当である。また、原告は、本件事故当時電研から時計部品のメツキ工程の下準備の仕事を請負つていたことは当事者間に争いないところ、成立に争いない甲第一二号証の一ないし五、同号証の七、八、同号証の一〇ないし一二、前掲乙第五号証の各記載、証人玉田美津夫の証言、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、右時計部品のメッキ工程の下準備の仕事により昭和五七年二月から昭和五八年一月までの間に一か月平均一〇万八〇〇〇円程度の収入を得ていたことが認められるが、右時計部品のメツキ工程の下準備の仕事は原告の妻や息子の嫁や近所の主婦らの応援を求めての仕事であつたため、原告自身の労働により取得した収入はその五割に当る五万四〇〇〇円程度であつたものと推認するのが相当である。これに反する甲第七号証の二、同第八号証の一、二、同第一二号証の六、九の各記載及び原告本人の供述は、前掲各証拠と対比してたやすく採用することができない。

右に認定判断したところによれば、原告が本件事故にあわなければ、従前どおりの仕事に従事して一か月三〇万八〇〇〇円程度の収入を得ることができたというべきところ、原告の症状が固定した昭和五九年六月八日までの間に少なくとも一六・六か月にわたつて稼働することができなかつたと認められるから、その間合計五一一万二八〇〇円の収入を喪失したものということができる。しかしながら、証人吉田完の証言によれば、原告の症状が慢性化し治療が右のように長期化したのは原告自身の老人性の変形性脊椎症と心因的要素という原告側の事情にも起因するものとも認められるから、右収入の喪失による損害の全部を被告に賠償せしめるのは損害を公平に分担させるという損害賠償法の根本理念からみて相当ではなく、民法第七二二条所定の過失相殺の法理を類推し、原告側の右のような事情を斟酌して右損害から三割を減じた三五七万八九六〇円をもつて原告の休業損害と認めるのが相当と判断する。

3  逸失利益 五〇万三二四七円

弁論の全趣旨によれば、原告は後遺障害の症状が固定した昭和五九年六月八日当時満六〇歳であつたところ、原告の前記後遺障害の内容、程度に鑑みれば、原告は向後三年間にわたり五パーセント程度の収入を失うに至つたものと推認するのが相当であるから、事故前の一か月三〇万八〇〇〇円を基礎としライプニツツ式により中間利息を控除して右三年間の逸失利益を求めると、その金額は次の算式のとおり五〇万三二四七円(一円未満切捨)となる。

30万8000円×12×0.05×2.7232=50万3247円

4  慰藉料 一三五万円

前記認定の傷害の部位、程度、通院期間、後遺症の程度その他本件にあらわれた諸般の事情を勘案すれば、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛に対する慰藉料は一三五万円をもつて相当と判断する。

5  損害のてん補 二二九万四四九〇円

原告は、本訴請求の損害のてん補として二二九万四四九〇円の支払を受けたことは原告の自認するところであるから、右金額を前記1ないし4の損害額五五一万一二一一円から控除すると、残損害額は三二一万六七二一円となる。

6  弁護士費用 三五万円

弁論の全趣旨によると、原告は原告訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、相当額の報酬の支払を約したものと認められるところ、本件事案の内容、訴訟の経過及び認容額に鑑みると、被告に賠償を求め得る弁護士費用は三五万円が相当である。

四  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告に対し三五六万六七二一円及びこれに対する本件事故発生の日である昭昭五八年一月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容するが、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

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